おかえり

　弟夫婦が結婚式で仲人を務めることになったので、5歳になる姪を預かることになった。子供は苦手だが、妻が亡くなって以来、私が旅行する時には、家の猫の世話を頼んでいる手前、いやだとは言えない。
　姪は初めて来た家に最初は緊張していたようだったが、私とも打ち解け、次第にリラックスしているように見えた。妻の死後、使わない部屋が多く、がらんとしていた我が家がにわかに明るくなった。昼間は、おもちゃで遊んでいる姪を相手に、芝居の台詞の練習をして過ごし、夕方、涼しくなってから近所の神社の縁日に一緒に出かけた。

　帰宅すると、姪はさすがに疲れたのだろう、すぐに寝入ってしまった。散らかったおもちゃを片付けていると、床に長い髪の毛が落ちていた。私はずっと坊主頭だし、姪も弟の嫁の髪もそんなに長くはない。昨日、念入りに掃除をしたから、そんなものがあるはずはない。床を見わたす。一本じゃない。何十本もある。
　拾い集めると片手いっぱいになった。握りしめた手を見て気がついた。妻が死ぬ直前、私が一方的に暴力をふるい、妻の髪を掴んで引き倒した時と同じだ。いつの間にか目を覚ましていた姪が、私の後ろにむかって犬のようにうなり始めた。背中越しに、妻が臥せっていた寝室のドアが開くのがわかった。恐怖よりも懐かしさを感じた。

　 　　 シブヤタクオ